「父が公正証書遺言を残してくれたけれど、その内容のまま分けると相続人の一部が不公平に感じる…」「自筆証書遺言が見つかったが、家族全員で話し合って違う分け方をしたい」――こんなお悩みを抱えていませんか?
知らずに分割を進めると、本来必要のない贈与税や譲渡所得税が課税されるリスクもあります。
本記事では、税理士が、遺言と違う遺産分割を行うための4つの要件、相続税・贈与税の取扱い、不動産の登記実務を、初心者にもわかりやすく解説します。
遺言書と異なる遺産分割は可能?まず知っておきたい結論
結論からお伝えすると、遺言書がある場合でも、相続人全員の合意があれば遺言書と異なる遺産分割は可能です。
これは民法第907条で「相続人はいつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる」と定められていることが根拠です。
被相続人(亡くなった方)が残した遺言は最大限尊重されるべきですが、相続人全員が「遺言とは違う形で分けたい」と合意すれば、その合意が優先されます。
まずは前提となる遺言書の3つの形式と、それぞれの相続税実務上の特徴を整理しておきましょう。
- 自筆証書遺言
-
遺言者本人が全文・日付・氏名を自書し、押印して作成する遺言。
費用がかからない反面、形式不備で無効になるリスクや偽造の恐れがあります。
- 公正証書遺言
-
公証役場で公証人が作成する遺言。
法的効力が確実で偽造の恐れがなく、不動産など多額の財産がある場合に最も推奨される方式です。
- 秘密証書遺言
-
遺言の内容を秘密にしたまま、公証人にその存在のみを証明してもらう方式。
利用件数は年間100件程度と非常に少なく、実務ではほぼ使われません。
遺言書と異なる遺産分割をするための4つの要件
結論として、遺言書と異なる遺産分割をするには次の4つの要件をすべて満たす必要があります。
この要件を一つでも欠くと、後の相続税申告や名義変更でトラブルになります。
民法第908条により、被相続人は遺言で死亡時から5年を超えない期間、遺産分割を禁止することができます。
遺言書にこの記載があると、相続人全員が合意しても禁止期間中は遺産分割協議ができません。
まず遺言書の本文を確認しましょう。
相続人のうち1人でも反対する人がいれば、遺言書と異なる遺産分割はできません。
未成年者や認知症の方が相続人にいる場合は、特別代理人や成年後見人の選任が必要となるため早めに準備しましょう。
遺言で遺言執行者が指定されている場合は、執行者の同意も必要です。
民法第1013条で「相続人は遺言の執行を妨げてはならない」と定められているため、執行者の協力なしに進めると登記や預金解約が滞る恐れがあります。
遺言で相続人以外の第三者(受遺者)に遺贈する旨が記載されている場合は、その受遺者にも遺贈放棄の同意を得る必要があります。
包括遺贈は家庭裁判所への申述、特定遺贈は当事者間の意思表示で放棄が可能です。
相続税の取り扱い ― 贈与税はかからない
結論として、相続人全員の合意で遺言書と異なる遺産分割をしても、相続税が課されるだけで贈与税は課税されません。
これは国税庁タックスアンサーNo.4176「遺言書の内容と異なる遺産分割をした場合の相続税と贈与税」でも明確に示されています。
根拠条文は相続税法第11条の2と民法第907条です。
国税庁の見解では、受遺者である相続人が遺贈を事実上放棄し、共同相続人間で遺産分割が行われたとみるのが相当とされています。各人の相続税の課税価格は、相続人全員で行われた分割協議の内容によることとなり、受遺者から他の相続人への贈与税は課されません。
つまり、税務上は「はじめから遺産分割協議の内容で分割した」とみなされるため、長男にいったん移って次男に贈与した、という二段階の課税にはならないのが大きなポイントです。
「包括遺贈」と「特定遺贈」の違いをかんたんに解説
結論として、「包括遺贈」は遺産全体の割合を指定して与える遺贈、「特定遺贈」は特定の財産を指定して与える遺贈です。
ここから先の説明で何度も登場する用語ですので、まずは身近な例で違いをイメージしておきましょう。
- 包括遺贈(ほうかついぞう)
-
遺産全体の「割合」で与える遺贈です。
例:「私の財産の3分の1を、孫の花子に与える」。
何をもらうかは決まっておらず、不動産・預貯金・株式などすべての遺産から指定の割合を受け取ります。
プラスの財産だけでなく、住宅ローンや未払金などのマイナスの財産も同じ割合で引き継ぐため、税務上は相続人とほぼ同じ立場として扱われます。
放棄したい場合は、相続放棄と同じく相続開始を知ってから3か月以内に家庭裁判所への申述が必要です。
- 特定遺贈(とくていいぞう)
-
「この財産」と特定の財産を指定して与える遺贈です。
例:「自宅の土地建物を、長女の良子に与える」「○○銀行の預金100万円を、知人の太郎に与える」。
もらえる財産が具体的に決まっており、原則として借金などマイナスの財産は引き継ぎません。
放棄したい場合は家庭裁判所への手続きは不要で、当事者間で「いりません」と意思表示すれば足ります。
不動産業を営むご家族では、「賃貸マンションを長男に」「事業用の預金を協力者に」といった特定遺贈を選ぶケースが多く見られます。財産を具体的に指定するため一見シンプルですが、相続人以外の第三者に特定遺贈がある場合は、次の章でご紹介する譲渡所得税のリスクが出てくることがあるため要注意です。
例外あり ― 特定遺贈と相続人以外の受遺者が絡むケースは要注意
結論として、相続人以外の受遺者に「特定遺贈」がなされ、その受遺者と相続人で財産を交換するような遺産分割をした場合は、相続税に加えて譲渡所得税が課税される可能性があります。
不動産業を営むご家族で、第三者(例えば長年勤めた従業員や事業協力者)への遺贈がある場合は特に注意が必要です。
| 区分 | 包括遺贈 | 特定遺贈 |
|---|---|---|
| 意味 | 遺産の割合(例:1/3)で遺贈 | 特定の財産(例:自宅)を指定して遺贈 |
| 放棄の方法 | 家庭裁判所への申述が必要 | 当事者間の意思表示でOK |
| 放棄期限 | 相続開始を知ってから3か月以内 | 期限の定めなし |
| 異なる分割時の税 | 相続税のみ | 条件により譲渡所得税の可能性 |
第三者受遺者がいったん特定遺贈で取得した不動産を、相続人と「交換」する形で遺産分割をすると、税務上は「遺贈による取得」と「交換譲渡」と評価され、譲渡益に所得税・住民税が課税される恐れがあります。第三者受遺者がいる相続では、必ず税理士に相談しましょう。
不動産の登記はどうなる?二段階登記の原則
結論として、特定遺贈があってそれと異なる遺産分割をした場合の不動産登記は、原則として「遺言どおりの相続登記」→「贈与・交換による移転登記」の二段階登記が必要となります。
不動産業の経営者・オーナーにとっては登録免許税や司法書士費用にも影響するため、事前に把握しておきたいポイントです。
- 相続を原因とする所有権移転登記:遺言のとおりに被相続人から受遺者へ移転
- 贈与(または交換)を原因とする所有権移転登記:受遺者から実際に取得する相続人へ移転
もっとも、実務上は相続人全員が合意した遺産分割協議書を法務局に提出し、被相続人から実際の取得者へ直接「相続を原因とする所有権移転登記」を行う運用も認められています(管轄法務局によって取扱いが異なる場合があります)。
二段階登記を避けると登録免許税(贈与の場合は固定資産税評価額の2%、相続の場合は0.4%)を大幅に節約できますので、必ず事前に司法書士に相談しましょう。
計算例 ― 異なる遺産分割をした場合の相続税
結論として、相続税の課税価格は遺言の内容ではなく、実際の遺産分割協議書の内容で計算します。
不動産オーナーのご家庭でよくあるケースで具体的に見てみましょう。
- 被相続人:父(不動産賃貸業)
- 相続人:長男・次男の2名(配偶者は既に他界)
- 遺言:「全財産を長男に相続させる」(公正証書遺言)
- 遺産:賃貸マンション 8,000万円・現預金 2,000万円(合計1億円)
- 協議結果:賃貸マンションは長男、現預金は次男が取得
| 項目 | 金額 | 計算 |
|---|---|---|
| 課税価格合計 | 1億円 | 賃貸マンション8,000万円+現預金2,000万円 |
| 基礎控除 | 4,200万円 | 3,000万円+600万円×2人 |
| 課税遺産総額 | 5,800万円 | 1億円-4,200万円 |
| 長男の取得分 | 8,000万円 | 賃貸マンション |
| 次男の取得分 | 2,000万円 | 現預金 |
このケースでは、長男から次男への贈与税は課税されず、各自の取得財産に応じた相続税のみが課税されます。
仮に遺言どおり長男が一度全額を受け取って次男に2,000万円贈与すると約585万円もの贈与税が発生しますが、遺産分割協議で対応すれば贈与税ゼロで済む計算です。
注意点 ― よくある失敗とペナルティ
結論として、遺言書と異なる遺産分割は、「相続税申告前」「相続人全員の同時合意」で行うことが鉄則です。
次のような場合は贈与税や追徴課税のリスクがあるため、必ず税理士のチェックを受けましょう。
- 申告後の再分割:いったん遺言どおりに相続税を申告した後で再分割すると、相続人間の贈与・譲渡として贈与税や所得税が課税される可能性が高い
- 遺言執行者の同意なし:執行者の協力が得られないと登記・預金解約で停止し、相続税申告期限(10か月)に間に合わなくなる
- 第三者受遺者の同意なし:受遺者の権利を侵害した分割は無効となり、紛争や追徴のリスク
- 口頭合意のみ:必ず遺産分割協議書を書面化し、相続人全員の署名・実印・印鑑証明書を揃える
まとめ ― 遺言と違う分割は「全員合意」と「申告前」がカギ
- 遺言書と異なる遺産分割は、相続人全員の合意があれば法律上も税務上も認められる
- 要件は4つ:①遺言で分割禁止がない②相続人全員の合意③遺言執行者の同意④受遺者の同意
- 原則として贈与税は課税されない(国税庁No.4176)
- 例外として、第三者受遺者と相続人の財産交換は譲渡所得税の対象になり得る
- 不動産の登記は二段階登記が原則だが、実務では直接相続登記が認められることも
- 必ず相続税の申告前に分割を完了させ、申告後の再分割は避ける
不動産業を営むご家族の相続は、賃貸不動産の評価、小規模宅地等の特例、不動産所得の準確定申告など、論点が多岐にわたります。
遺言書と異なる遺産分割を検討されている場合は、相続税申告期限(被相続人の死亡を知った日の翌日から10か月以内)から逆算して、早めに専門家へご相談ください。
よくある質問(FAQ)
- Q1. 遺言書と異なる遺産分割をした場合、家庭裁判所への申立ては必要ですか?
-
相続人全員の合意で行う場合は、家庭裁判所への申立ては不要です。
ただし、相続人以外の受遺者に「包括遺贈」がある場合に受遺者が遺贈を放棄するときは、家庭裁判所への申述が必要となります。
- Q2. すでに相続税の申告をしてしまった後でも遺言と違う遺産分割はできますか?
-
法律上は可能ですが、税務上は新たな贈与・譲渡とみなされ、贈与税や所得税が課税される可能性が高くなります。
遺言と異なる遺産分割を検討する場合は、必ず相続税の申告期限(10か月)までに分割を完了させることが重要です。
- Q3. 遺産分割協議書には何を書けばよいですか?
-
被相続人の情報、相続人全員の氏名・住所、遺言書の内容と異なる分割に合意した旨、各相続人の取得財産の明細を記載します。
相続人全員が署名し、実印を押印したうえで印鑑証明書を添付しましょう。
不動産の登記や金融機関の手続きで必須の書類です。
- Q4. 公正証書遺言の場合でも、遺言と違う分割は可能ですか?
-
はい、公正証書遺言であっても、相続人全員(および執行者・受遺者)の合意があれば異なる遺産分割は可能です。
遺言の方式(自筆・公正・秘密)にかかわらず、ルールは共通です。
- Q5. 小規模宅地等の特例は、遺言と違う分割でも適用できますか?
-
適用できます。
国税庁タックスアンサーNo.4176でも示されているとおり、税務上は遺産分割協議の内容で取得したものとして取り扱われるため、要件を満たす取得者であれば小規模宅地等の特例の適用に支障はありません。


コメント