「会社に貸したお金が、自分の相続財産になる」と聞いて驚く経営者は少なくありません。
役員借入金は、役員個人から見れば会社への貸付金という財産です。貸付金は相続財産に含まれるため、そのまま相続税の対象になります。
役員借入金を放置したまま相続が起きると、相続人は会社から回収できる見込みが薄い財産にまで相続税を納めることになります。
相続税を増やさないためには、役員が生きているうちに役員借入金を減らしておく必要があります。その代表的な方法が、役員が会社に対する債権を放棄する「債権放棄」(会社側から見れば「債務免除」)です。
本記事では、役員借入金の債務免除で贈与税・法人税を発生させないための3つの前提条件と、手続き・タイミングをわかりやすく解説します。
役員借入金の債務免除(債権放棄)とは?相続財産を減らす最も手軽な方法
役員借入金の債務免除とは、役員が会社に対する貸付金(債権)を返してもらう権利を放棄し、会社の借入金を消滅させる方法で、役員の相続財産を減らす最も手軽な手段です。
役員側から見ると「債権放棄」、会社側から見ると「債務免除」と呼び方が変わるだけで、両者は同じ1つの行為を指します。
役員借入金は、会社が役員から資金を借り入れたり、会社の費用を役員が立て替えたりすることで発生します。
役員が会社に持つ貸付金は、相続税では原則として額面(返済を受けるべき金額)で評価され、会社が赤字でも相続税の評価額は下がりません(国税庁 財産評価基本通達204「貸付金債権の評価」・205「貸付金債権等の元本価額の範囲」)。
相続人が貸付金を回収不能として評価額から外せるのは、会社が破産手続開始の決定を受けたときや、業況不振で事業を廃止・6か月以上休業しているときなど、回収が著しく困難と見込まれる場合に限られます。
したがって、役員借入金は会社の業績にかかわらず、ほぼ貸した金額のまま相続財産に計上されます。相続税は、相続財産の合計が基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超えた部分にかかります(国税庁タックスアンサー No.4152「相続税の計算」)。
相続財産が基礎控除を超える見込みの役員は、生前に役員借入金を減らしておく必要があります。
役員借入金を減らす方法は債務免除だけではないため、次章で5つの方法を比べます。
役員借入金を減らす5つの方法を比較【債務免除はどこが有利か】
役員借入金を減少・消滅させる方法は5つあり、後に影響が残らず最も実行しやすいのが債務免除(債権放棄)です。
5つとは、①債権放棄(債務免除)、②債権の贈与、③代物弁済、④債権の資本化(DES)、⑤会社の解散・清算です。
| 方法 | 概要 | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|
| ①債権放棄 (債務免除) | 役員が返済を受ける権利を放棄する | 手続きが簡単で費用がほぼ不要 | 会社に債務免除益(法人税)、他の株主に贈与税の可能性 |
| ②債権の贈与 | 貸付金を後継者などに贈与する | 年110万円の基礎控除内なら贈与税なし | 少額ずつしか進まず、受贈者の財産になる |
| ③代物弁済 | 現金の代わりに不動産などで返済する | 会社の資産を整理できる | 会社に譲渡損益・消費税、登記費用が生じる |
| ④債権の資本化 (DES) | 貸付金を株式に振り替える | 借入金がゼロになり自己資本が増える | 株式の相続税評価が上がる、時価評価で債務消滅益の可能性 |
| ⑤会社の解散・清算 | 会社を閉じて債務を整理する | 借入金の問題が根本的に消える | 事業をやめる必要があり、清算手続きの負担が大きい |
債務免除は会社と役員の間で完結し、不動産の移転登記や増資の登記も要りません。
他の方法の詳細は、次の関連記事で解説しています(1つ目が全体の総括、2つ目・3つ目がそれぞれの方法の詳細です)。



ただし、債務免除には贈与税と法人税という2つの税金の落とし穴があるため、次章から3つの前提条件を順に確認します。
債務免除の前提条件①:債権放棄をする役員以外に株主がいるか(みなし贈与)
債権放棄をする役員以外に株主がいると、他の株主に贈与税がかかる可能性があります。
債務免除を受けた会社は借入金を返済しなくてよくなるため、会社の純資産(資産−負債)が増え、1株あたりの株価が上がります。
同族会社の株価が債務免除によって上がった場合、上昇分は免除をした役員から他の株主への「みなし贈与」として扱われます(国税庁 相続税法基本通達9-2「同族会社の株式又は出資の価額が増加した場合」(3))。
「みなし贈与」とは、お金や物を直接受け取っていなくても、経済的な利益を受けたときに贈与と同じ扱いをする仕組みです。
例えば、代表取締役A(持株80%)と息子B(持株20%)の同族会社で、Aが会社への貸付金1億円を放棄したとします。
会社の純資産は1億円増えるため、単純計算でBの持株の価値は約2,000万円上がり、AからBへの贈与とみなされます。
Bが18歳以上なら特例税率が使え、贈与税は(2,000万円−110万円)×45%−265万円=約586万円になります(国税庁タックスアンサー No.4408「贈与税の計算と税率(暦年課税)」)。実際の株価は評価方式や債務免除益にかかる法人税の影響で変わります。
ただし、株主が債権放棄をする役員1人だけなら、贈与税は発生しません。
贈与税は、ある人から別の人へ利益が移ったときにかかる税金です。株主が役員本人だけなら、株価上昇の利益を受けるのは放棄をした役員自身であり、他人に利益は移っていません。
例えば先ほどの例で、Aが株式を100%持っていれば、Bのように利益を受ける他の株主が存在しないため、贈与税は問題になりません。
株主側の贈与税を確認したら、次は会社側にかかる法人税の条件です。
債務免除の前提条件②:繰越欠損金・当期赤字が役員借入金より大きいか(債務免除益)
会社の繰越欠損金と当期赤字の合計が役員借入金の残高より大きければ、債務免除をしても法人税はかかりません。
債務免除益とは、借入金を返済しなくてよくなったことで会社に生じる利益(収益)のことです。
法人税法上は、会社が役員に返済するはずだった資金を返済しなくてよくなった分だけ、会社が利益を得たと考えます。債務免除時の会社の仕訳は次のとおりです。
【役員の債権放棄時の会社の仕訳】
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 役員借入金 | 1億円 | 債務免除益 | 1億円 |
例えば、欠損金がない会社で1億円の債務免除益が出ると、会社は法人税等の実効税率を約30%と仮定すれば3,000万円を納税する必要があります。
一方、会社に繰越欠損金(過去の赤字の累計で、翌年以降の黒字と相殺できるもの)があれば、債務免除益はその欠損金と相殺されます。
青色申告の欠損金は10年間繰り越せ、中小法人なら所得の100%まで控除できます(国税庁タックスアンサー No.5762「青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除」)。
注意したいのは、繰越欠損金には「10年」という使用期限があり、期限を過ぎた分は黒字と相殺できないまま消えてしまう点です。
例えば、8年前の赤字3,000万円が欠損金として残っている会社では、2年後にはその3,000万円を債務免除益と相殺できなくなります。会社は、古い欠損金が消える前に、その範囲内で債務免除を実行することを検討します。
法人税の条件を確認したら、最後の条件は贈与税に戻り、会社が債務超過かどうかを確認します。
債務免除の前提条件③:会社が債務超過かどうか(免除後も株価ゼロなら贈与税なし)
会社が債務超過(負債が資産を上回る状態)で、債務免除の後もなお債務超過なら、他の株主に贈与税はかかりません。
他の株主に贈与税がかかる理由は、債務免除で株価が上がることです。株価が上がらなければ、みなし贈与は生じません。
例えば、純資産が▲1億5,000万円の会社で役員が1億円を免除しても、純資産は▲5,000万円のままです。株価は免除前0円→免除後0円なので、他の株主への贈与はありません。
反対に、免除額が債務超過額を超えて純資産がプラスに転じると、プラスになった部分だけが贈与税の対象になります。
ここで重要なのは、債務超過かどうかを決算書の数字ではなく「時価ベースの純資産」で判定することです。
時価ベースの純資産とは、会社の資産と負債を帳簿の金額ではなく、現在の価値(相続税評価額など)に置き直して計算した純資産のことです。
贈与税の判定に使う株価は、相続税の財産評価のルールで計算します。土地・建物や有価証券などの資産は帳簿価額ではなく相続税評価額で評価し直すため、決算書の純資産とは金額がずれます。
例えば、決算書の純資産が▲3,000万円でも、簿価5,000万円の土地の相続税評価額が1億5,000万円なら、含み益1億円が加わり時価ベースの純資産は+7,000万円です(評価上の細かな調整は省略)。
決算書上は債務超過に見えても、時価ベースでは債務超過ではないため、役員が債務免除をすると他の株主にみなし贈与が生じます。
反対に、含み損のある資産が多い会社は、決算書より時価ベースの純資産が小さくなり、債務超過の判定では有利になります。
3つの条件を確認したら、次は実際の手続きです。
役員借入金の債務免除のやり方【債権放棄通知書と内容証明】
役員借入金の債務免除は、役員が会社宛てに「債権放棄通知書」を送るだけで法的に成立します。
免除は債権者(役員)の一方的な意思表示で効力が生じ、会社の同意は不要です(民法第519条)。ただし役員は、税務調査で日付と金額を証明できるよう、証拠が残る形で行います。
株主構成、繰越欠損金の残高と期限、当期の損益見込みを確認します。あわせて、時価ベースの純資産を計算し、会社が債務超過かどうかを把握します。
株主構成と債務超過の状況から贈与税が、繰越欠損金と当期の損益見込みから法人税がどれだけ生じるかを試算し、負担できる範囲で免除額を決めます。実行日は、決算期末の損益見込みが固まった時期にします。
放棄する債権の内容(発生日・金額)と放棄日を記載し、会社宛てに送ります。日付と内容を郵便局が証明する内容証明郵便(配達証明付き)で送るのが確実で、通知書は契約書ではないため収入印紙は不要とするのが一般的です。
会社は受け取った債権放棄通知書の原本を保管し、役員借入金を減らして債務免除益を計上する仕訳を入れます。取締役会や株主総会の決議は法律上不要ですが、税務調査で免除の事実や時期が争点にならないよう、取締役会の報告事項として議事録に残しておきます。
法人税申告で債務免除益と欠損金の相殺を反映します。みなし贈与が生じる株主は、翌年3月15日までに贈与税を申告します。
役員は、貸付金の一部だけを免除する「一部放棄」もできます。免除額を欠損金の範囲内に収めるために金額を調整するのが、実務では一般的です。
手続き自体は簡単ですが、債務免除の成否を決めるのは実行するタイミングです。
債務免除のタイミング:贈与税→法人税の順で対策する
債務免除の時期は、まず贈与税を発生させない条件を整え、次に法人税を最小にできる年度を選ぶ、という順番で決めます。
経営者が事前に検討しておく点は次の3つで、上から順番に考えます。
- 株主を、借入をしている役員1人にできるか(株式の買取り・贈与で集約できるか)
- 将来、会社が債務超過になるか、またはその見込みがあるか
- 繰越欠損金と当期赤字の金額を、決算前に見積もれるか
贈与税は税率が最高55%と高く、株主が複数いる限り一部免除でも発生し得るため、経営者は株主の集約や債務超過の確認を先に行います。
法人税は欠損金の範囲内に免除額を収めれば抑えられるため、複数年に分けて免除する方法も有効です。
次に、実務でよくある間違いを確認します。
役員借入金の債務免除でよくある間違い・注意点
債務免除で失敗する原因のほとんどは、「株主構成」「欠損金の期限」「債務超過の判定」「証拠の残し方」の4点の不備です。
- 株主の確認漏れ:配偶者や子が数%でも株を持っていれば、みなし贈与の対象になります。免除前に株主名簿を確認します。
- 欠損金の期限切れ:欠損金は10年で消えます。古い年度の欠損金から順に使われるため、期限の近い欠損金があるうちに免除を検討します。
- 帳簿上の債務超過だけで判断:帳簿では債務超過でも、不動産や有価証券などに含み益があると、時価ベースでは純資産がプラスになり債務超過ではなくなることがあります。すべての資産・負債を時価(相続税評価額)に置き直して純資産を計算し直します。
- 通知書を普通郵便や手渡しで済ませる:通知書を作っても、いつ・いくら免除したかを第三者に証明できなければ、税務調査で免除の時期や事実を争われるおそれがあります。内容証明郵便(配達証明付き)で送っておけば、日付と内容を郵便局が証明してくれるので確実です。
以上を踏まえ、最後に本記事の要点を整理します。
まとめ:役員借入金の債務免除は「3つの条件」を確認してから実行する
役員借入金の債務免除は、①株主が役員1人か、②欠損金が借入金より大きいか、③債務超過か、の3条件を確認し、贈与税・法人税の負担を把握してから実行します。
- 役員借入金は相続財産:役員が会社に貸したお金は、原則として貸した金額そのままが相続税の対象になります。
- 贈与税の条件:株主が放棄する役員1人だけ、または免除後も債務超過なら、みなし贈与は生じません。
- 法人税の条件:繰越欠損金+当期赤字が免除額以上なら、債務免除益に法人税はかかりません。
- 手続き:債権放棄通知書を内容証明で送り、通知書の原本と仕訳を残します。
- 順番:贈与税の対策を先に、法人税の対策を次に考えます。
積み上がった役員借入金を減らすのは、経営者が考える以上に大変です。会社は、役員借入金が発生するごとに都度清算し、積み上げないことが基本です。
役員借入金の債務免除に関するよくある質問(FAQ)
役員借入金の債務免除について、経営者からよくいただく質問に不動産業を専門とする税理士が回答します。
- 役員借入金の債務免除と債権放棄は、何が違うのですか?
-
同じ行為を、会社側から見るか役員側から見るかで呼び方が変わるだけで、違いはありません。会社では「債務免除益」という収益が生じ、役員では貸付金が消滅します。
- 役員借入金を一部だけ債務免除することはできますか?
-
できます。繰越欠損金と当期赤字の範囲内に収まる金額だけを放棄し、残りは翌年度以降に繰り延べる方法が一般的です。
ただし他の株主がいる場合は、一部免除でも株価が上がればみなし贈与の対象になります。
- 会社が債務超過なら、役員借入金の債務免除で贈与税は絶対にかかりませんか?
-
いいえ、絶対ではありません。免除の後も会社が債務超過のままなら、株価が0円から変わらないため、他の株主に贈与税はかかりません。
免除によって純資産がプラスに転じる場合は、プラスになった部分が他の株主への贈与とみなされ、贈与税がかかります。債務超過かどうかは、帳簿ではなく時価ベースの純資産で判定します。
- 役員借入金を債権放棄すると、放棄した役員個人に税金はかかりますか?
-
かかりません。役員は放棄によって何も受け取っていないため、所得税の対象になる所得が生じないからです。
反対に、放棄した金額を役員の所得税の計算で損失として差し引くこともできません。所得税で貸付金の損失を差し引けるのは、事業に関わる貸倒れなどに限られ、自分の意思で放棄した金額は対象外です。
- 役員が亡くなった後に、相続人が役員借入金を債務免除しても相続税は減りますか?
-
減りません。相続開始時点の貸付金の金額が相続財産として課税された後で、相続人が放棄することになるためです。
相続税を減らす目的なら、役員本人が生前に債権放棄を行う必要があります。
参考文献


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